支部の活動

3/3 支部オンラインシェアの報告(名古屋⇄福岡)

3月3日(日)
20:00~20:35

礼拝からのシェア

(ハンナ)
今日の聖餐式で、イエス様のからだと血について、最近学んだ中で最も聖なるもの以上の聖いものことを考えながらイエス様の血とからだを私の中に入れた。それをすることで新しい創造が起きていることを受け取った。それが起きる時平和が訪れ、感謝した。それから後は祝福しかないことを受けていこうという思いで聖餐を受けた。メッセージではイエス様がロバに乗る話から、イエス様の柔和さ、謙遜さのことを聞いて、自分自身の高ぶりを示されて、それを捨てていこう、もっと謙遜なものになりたい、成長していこうという思いが湧いてきた。

(マリア)
ルカ19章の今日読んだ箇所の理解が前より深まった。「祝福あれ」と言って叫んだ人々は祭りをしていたこと、それをイエス様は知っていながらもご自分の目的のために真っ直ぐエルサレムに向かっていたことなど。イエス様の心を自分なりに考えた。そのイエス様の生き方に自分の生き方を重ねて似たものになっていきたい。
今朝聞いたキャンプの祈祷会から、ヘブル4:12のみことばがたましいと霊の分かれ目を差し通す、神様が人間の意思を変えることができると言うことを聞いて、それを知っておくことはたましいのケアをするのに大事なことだと学んだ。

このことから、互いのたましいのケアについて神様に委ねることを学んだということをそれぞれシェアしました。

2/18 支部オンラインシェアの報告(横浜⇄甲府)

2/18(日) 13:00-13:30

最初にマリアが祈りました。

アビゲイル:
今週も、ハガイ書のメッセージを聞く中で「私の霊があなたがたのうちに働いている」と考える機会があった。職場で、新しく入った人に対してクリスチャンであることを最初に伝えたいと思っていたら、上司の方から話しかけて自分がクリスチャンであることを言う機会があったことを思い出した。奉仕や伝道よりも、祈りとみことばによって清められる、と祈り会で聞き、1月は祈りが足りていないと感じていたから、これからまた神様との交わりの時間を持って行きたいと思わされた。それでも、冬のキャンプから帰ってきた後の1月、自分の頭の考えではなくて、すべてを超えて神様が導いてくださっていたこと、感謝。今日のメッセージでは、「強くあれ」と神様がバビロンから帰ってきた生き残りの民に言われたことは、自分たちが訓練され、苦しみの中、神様のみことばに信頼することを学んだあとで、言われたことば。私も、大変だと思うことがあっても、それを神様にあるなら訓練として整えられ、肉の力や考えなど不要なものを削ぎ落とされる。その時「強くあれ」と言われたら、聖霊様の導きの中で強く行動することができる、と知った。どんなときも、神様にあるなら終わりのない希望を得られることを感謝して進む。感謝します。

マリア:
名古屋での礼拝に参加し、パスターが目の前説教され、そのとき霊のすごい流れに、ここで礼拝を受けれたことに対する感謝と配信との違いにショックも受けた。いままで差はないはずだと思っていたから。本日の礼拝を通して、聖霊様によってもっと強められる必要があること、また心配や思い煩いがその霊の働きを妨げるのだとしった。霊の働きがあるかないかは、人間にかかっている。私がどれだけ清められるか、この場所を聖別できるかで、聖霊様の働きが変わってくる。あの霊の流れを甲府礼拝所でも流せるよう、聖別していきたい。

アビゲイルが終わりの祈りました。

甲府/婦人

2/12 支部オンラインシェアの報告(横浜⇄甲府)

日時:2/12 22:00-22:40

最初に、マリアさんが祈りました。

アビゲイル:最近のメッセージで、家の教会のことを言われていた時、自分は言われたからやる、では良くないと思っていた。しかし、メッセージで「人間で家があればできる」と言われていたこと、また牧師夫人が支部シェアの返信で「人間関係も、すべての祝福も、自分を腹の底まで知っているイエス様との1秒1秒の関係で決まる。すべて表に出てくる」と書いてくださったことから、自分が神様に用いられたい、そして喜び・平安が欲しいというそのままの動機で良いのだと分かった。他の人に神様を知って解放されて欲しい、イエス様の愛を知って欲しいと言う願いはある。それよりも自分自身や家族を救いたいと言う願いが強くても、「石をおけばその日から祝福される」と言うみことばを受け取り、牧師家族に言われたことをやっていく。
冬のキャンプでも、熱を出してしまったが、最初の日、最後の日の礼拝に出ただけで、神様の臨在、愛、喜びの中に浸かって過ごすことができて本当に素晴らしかった。またその後に牧師夫人が子供達に話しかけてくださったことからも、愛の中にいることが分かった。その後、礼拝に出れなかった時も、よく見るような人間同士の情の関係ではなく、すべて神様の秩序の中で行われていたから神様のみことばをそのまま心に留めて置くことができた。今日の昇天式でも、自分の人生を真剣に生きることを教えられ、神様の導きを知ることができた。感謝。

マリア:昨日名古屋で礼拝に参加した。今日も、昨日のことを考えながらメッセージを聞いたが、「パイプの太さが一人一人違う」と言われていた時、昨日自分の目の前にいた牧師先生から流れていた霊の大きさを思った。祝祷も、その場にいるだけで清められたと思った。牧師先生は、神様のことを考えていて赤信号が見えなかったり、家を間違えてしまうことがあったと前に聞いた。そこまで神様のことをいつも考えているから、神様との間のパイプが太くなる。昨日の礼拝の後のランチでも、まだ教会で新しい方に対する牧師先生、牧師夫人のことばは、「あなたがここにいること自体、神様の恵みなんだよ」と教えられていて、その人の心に響いており、これから変わるだろうと言うことを見ていて発見した。裁くことと愛を持って教えることは違うと分かった。自分もパイプを広くして、他の人を励ましたいと、昨日と今日の礼拝を通して思った。

最後にアビゲイルが祈りました。

報告:アビゲイル