「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わし たように、わたしもあなたがたを遣わします。」そし て、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。 「聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すな ら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそ のまま残すなら、それはそのまま残ります(ヨハネ 21:21-23)。」
しかし、ここからが大事です。聖霊をただ飲むだけの状態 から、それを受けて流れ出るためには、その条件となるこ とがあります。それがこの「遣わされる」ということばに 表されています。この弟子たちが三年前にイエス様によっ て選ばれたのは、将来「「遣わされる」ためであって、そ のために教えを受け、訓練もされました。「遣わされる」 とは、単にイエス様の影に隠れて彼に着いて行くこととは 違います。彼の昇天のあと、今度は、イエス様が父に遣わ されたように、自分たちも羊たちを率いてその先頭を進ん で行くことを指します。モーセに従って教えと訓練を受け たヨシュアは、モーセがいなくなったあと、主がモーセを 遣わされたように彼をも遣わされ、イスラエルの民を率い てヨルダン川を渡り、約束に地に入って行きました。エリシャも、エリヤからが学んで 訓練されたあと、エリヤが天に上げられようとするとき、彼を離れずに最後まで付いて 行き、そのとき二人の間に以下のような会話がなされました。
「私はあなたのために何をしようか。私があなたのところから取り去られる前に、 求めなさい。」すると、エリシャは、「では、あなたの霊の、二つの分け前が私の ものになりますように」と言った(2 列王 2:9)。
説教サマリー 「平安があなたがたにあるように」より抜粋
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