支部の活動

1/19 支部シェアの報告(横浜&山梨支部礼拝所)

支部のシェア報告を送ります。

2025/1/19(日)15:00〜15:30

<アビガイル>
冬のセミナーのテーマ(神様が目の前におられる、ということ)が身近で大切だと日々思う。イエス様が共にいるとわかっていても、環境を見てしまうと、神様の臨在をなくしてしまう。最近は、昔の仲間と食事の機会があった中で、調子を合わせてしまうところがあり、反省した。詩篇91編を周りの人に伝えていきたいという思いはある。目に見える場所にメッセージで学んだこと、みことばを貼る。聖書を何度も読んで心に入れていきたい。

<ハンナ>
キャンプから帰ってきて、環境を見ない、、ということを意識するも、仕事などでいろんなチャレンジがあった。その中で、朝起きて支度する時など異言で祈ると、神様のことを考えやすいと体感した。また、聖霊様の導きに頼ることも大切。昨日の家の教会に、久しぶりに来られた親子がいて、キャンプで学んだことを少しシェアしただけなのに、これまで腑に落ちなかったことの全てがつながった!と仰られて、神様はすごい、と思った。今日も聖日礼拝に来られて喜んで帰って行かれた。自分の力では無理、と思うことほど、聖霊様の導きに頼っていきたい。

その他、今日初めて日曜学校に参加した娘さん(小学校2年)にイエス様のことを伝えたら、感想として「イエス様が(人間として)生まれたこと驚いた。十字架のところは悲しかった。けど、それで私が天国に行けるようになったことが嬉しい」と言っていて、家に帰ってお母さんにも「私たちが天国に行けるのは、イエス様のおかげなんだね」と伝えたそうで、その子供の心の清さ、素直さを私も見習いたいと思い、そのこともシェアしました。

(ハンナ:横浜支部)

支部シェアの報告(名古屋&福岡支部礼拝所)

日時 1月13日(月)19時半~20時

日曜礼拝(冬のセミナー12/25夕拝)のメッセージよりシェアをしました。

(フルダ)
神様の存在を信じていることと神様が共にいるということを信じているということは違うということで、マタイ6章の話から臨在を知らないとどういう行動になるかということを教えてもらって、改めて自分の行動を見直すことにもなったし周りの人たちが何でそういう行動をしたのかを知ることにもなり、サタンにだまされないための知恵を教えてもらった。自分の偽善もなくしていきたい。教会全体からも偽善がなくなっていくといいなと思った。

(エステル)
猫が犬から追いかけられて木に登る、高いところに行けば安全で守られるからという話から、霊的に低いということは地上のことばかりで環境を見ることになり、攻撃されるんだと考えた。マタイ6章の話で、ここで言っている真理を教えられ、知った時、私自身人から良く思われたいという思いがあることを認めたときがあったが、そこから自分を変えていくことが始まり変えられていっている。自分を見ていて、自分の事しか考えておらず神様を愛していない状態であることだと、この箇所の真理についてさらに理解が深まっている。さらに清められていきたいと思う。

(エステル/福岡支部)

支部のシェア報告(福岡&名古屋支部礼拝所)

1月6日(月)20:00〜

聖日礼拝からのシェア

(ルツ)
哀れみについてが一番心に残った。神によって造られたものには哀れみの心がある。動物にもある。哀れみの心をカインとアベルの話で羊を買うアベルと土を耕すカインのことを円ちゃんから説明してもらい理解した。一番可愛がっていた羊を自分の罪のために殺すということがどれほどアベルにとって哀れみの心があったか。殺すときの気持ちはすごい悲しい。カインは適当に野菜でいいだろうという、それぞれの心を神様が見ていた。と聞いて、私の家は百姓なのになあと思っていたが、みことばの理解が深まった。愛することとは、神様を愛することと隣人を愛すること、どっちも切り離してはできないことが私の心の中では理解が深まった。隣人を愛せないと言うことはイエスキリストとを愛せないと言うこと。イエスキリストを愛することは隣人を愛すること。すべて人間の罪の原因は哀れみの心に蓋をしたこと。皆良心を持っているけど、それに蓋をしている。普通倒れた人がいて、何も思わないで横を通り過ぎるなんでできないこと。本当は心配なはずだけど見て見ないふりをしている。みんなが蓋が取れたら素晴らしい世界になる。

(マリア)
神は光であって、神のうちには暗いところがひとつもない。神様は人間を神の形として造られ、神様が光だから人間も光で暗いところが一つもないはずなのに今の人間たちの様子は全然違うと思った。キャンプでもこのメッセージからも人間の暗さについて教えられた。以前よりも人間の暗さがわかってきた。人間が悪いのにイエス様は哀れみを持ってご自分の命を捨てて人間の罪のために死んでくださった。イエス様を知ったのに暗さがあるのはおかしいことだと前よりわかってきた。光の子であるためにもっと謙遜になって神様のことばを聞かないといけない。