支部の活動

6月29日 支部オンラインシェアの報告(バンクーバー&バトルクリーク)

オンラインシェアの報告です。

6/29 バンクーバー午後8時、バトルクリーク午後11時

バトルクリーク ダビデ
バンクーバー レべカ

始めのお祈り:ダビデ

(ダビデ)職場が変わって全く知らない人たちと関わる事で、謙遜さとか「隣人を愛する」事が訓練されていると今日のメッセージを聴きながら思わされた。自分の苦手なパートで改善したいところである「他人と会話」。表現すること。会社で勤務前に聖書を読むことを始めている。まずは自分一人からだが周りの人が巻き込まれていくようにしたい。

(レべカ)礼拝の中で、イエス様がするのであり、自分でしようとする必要はないという言葉が残りました。福音を伝えていく時は、まず祈るようになりました。ただ、日常生活の出来事、ハプニングがあると、どうにかしないとが先立ちになってしまうので、そういう時でもまず主を信頼し、祈ることをしていきます。

(ダビデ)自分自身の中で「ハプニング」はチャンスと捉えるようにしている。何か起これば信仰が試されるし、それで訓練もされる。

(レべカ)たまたま読んだ物に人に見えているのは4%で残りは見えていないとあって、メッセージで聞いた通りで4%に支配される必要はないと思った。

(ダビデ)今日のメッセージでは全てが神様の許しの中で起きていて「完全でありなさい」と言われるので自分を捨てればイエス様のように100%環境を支配できると教えられた。そうありたい。

課題の祈り:
レべカ=キャンプの向けて身も心も準備されていく事。環境を見ないで信仰が強くされる様に。(ピリピ2:13-14)
ダビデ=職場で聖書を一緒に読む仲間が与えられる様に。(使徒2:46-47)

レべカさんが希望している洗礼式に向けてサイトの洗礼セミナーのメッセージを視聴したとの事。聖霊セミナーも併せて受ける事を話しました。

終わりのお祈り:レべカ

支部 学びのシェア(福岡&山梨)

6月27日(木)19時半~20時

(ナオミ)
最近のメッセージ、日曜礼拝のメッセージから自分を殺す、死ぬことについて教えてもらっていて心に残っている。頭では分かっているが生きている場面場面で自分が出てしまう。イエス様を着てイエス様に代わって生きていく者だと日々の中で意識して生きて行かなければならない。また、与える人、神様の御心に沿って与える人になりたいと思った。

(ハンナ)
日曜礼拝メッセージから
Ⅱコリント6:9、ルカ16:1~神様の豊かさ、恵み深さがわかりました。与える信仰が湧いてきたし、何一つ自分のものはないんだなと思わされた。献金に対しても、また今礼拝所に来て集まっている人たち、自分を含めて成長していくことを願いやっていくことに対しても、新しい人たちが来て神の国が広がることに対しても頑張ろうと思えた。

トラクト配り報告@宮崎台駅(6月22日)

土曜日に、宮崎台駅でトラクト配りをしました。

時間:16:15−16:45
参加者:ダビデ、ハンナ、ピーター、ダニエル、ヒカリ
配った枚数:120枚くらい(内、家の教会のトラクト20枚)

6月16日 オンラインシェアの報告(福岡&名古屋)

6月16日
20:00~20:40

礼拝からのシェアを行いました。

(ルツ)
クリスチャンになってから豊かな実を結ぶために邪魔しているものを捨てていくことが始まり、その過程の中に置かれている。死と復活が一度だけじゃない。ペテロの例から、神様が目的を持って選び、呼ばれて召しを果たしていく、それぞれ自分の召しを持っていることをみた。私もそれを繰り返しながら豊かな実を結ぶことにつながっていく。
自分ではなく、自分のために死んで蘇って下さった方のために生きるものとして変えられて豊かな実を結ぶための過程の中にいる。ペテロは願いが強かった。私自身も苦しい、大変だと思った時期もあったが、それでも従ってきた。以前の自分には戻りたくない。従って行きたい、耐えていく。そういう人生がいいと思いました。

(マリヤ)
イエス様がペテロに「あなたは、わたしに従いなさい。」と言われた。ペテロはヨハネのことを気にして聞いた。私にとってもイエス様のこのことばは本当にその通りだと思った。人が、とか環境が、とかではなく、私はイエス様に従うこと。週の間に来てたメールにパスターから「与える人になりましょう」と書いてあった。読んだ時にハッとして、思考が自分のためになっていたことを改めた。感謝だった。

オンラインシェアの報告6月10日(甲府&横浜支部)

時間:22:30-23:00

シェアの内容:

ダニエル
「自分のこと誇るのではなく、キリストだけ誇ること」、実際のレベルで、これはどうゆう意味なのか、この1ヶ月くらい、学んでいます。先週の平日の一つのメッセージに、「神様が、貴方を、わざと、誇ることができないように、できないような環境に導いててくれるます」、この言葉を聞いて、これが今実際職場で起きてる、一つの訓練。そこまで毎日、同僚とは多く話してないですが、何年前だと、もっと同僚に話せたが、その時肉の力が多かった。だから、今は、わざとそうならないように、神様が「まずは、もっと静かになれ」、自分に語っています。

また、今週の日曜日メッセージからは、ヨハネ21章から、ペテロの古い船の場面が強いイメージ、それが心に残ってる。ペテロが久しぶりに漁に出かけ、イエス様がそのあと来て「貴方、なぜまだそうゆうことしてるの?」、と言う内容、ペテロに言った。数ヶ月前、二つの映画を見て、その時、自分に「これ見て、いいじゃない?」に言ったが、後で反省すると、これは間違いでした。21章のペテロと同じ。新しい生き方、もっと真剣に受け止める必要がある。

マリア
ペテロが服をきて、湖に飛び込んだのは、イエス様を来たからだと学んだ。だからこそ、たった40日間で、逃げていたペテロから大胆に語るペテロに変身した。肉だと絶対できない。
先週のメッセージを聞いて、ヨシュアやエリシャのようにパスター達のそばで実際に会って学びたいと思った。

だから、キャンプがすごい楽しみだと思った。ずっとアメリカに入れたら最高だな思った時、親のことが浮かんだ。患者さんのことも浮かんだ。ほっとけないと思った。その次の日、101歳の祖母が亡くなった。母と叔母は、いままで長い間つきっきりで介護していた。それをみて、私も親や叔母をそうやって見るだろうと思っていた。だから動けない。そう考えると少し苦しかった。御心は。と考えた。イエス様に人をとる漁師にすると言われたペテロは、親て、イエス様について行った。私がみなきゃ、私がやらなきゃという思いは、私の肉なんだと気がつかされた。親も患者さんも、もちろん大事にする。でも1番は、御心をとること。何かに足引っ張られてると御心を逃す時がある。御心をとれたら、他のものは神様が面倒みて下さる。
そこらへんをぶれないでいきたいと思った。

最後にマリアさんが祈りました。

ダニエル