支部の活動

オンラインシェアの報告6月10日(甲府&横浜支部)

時間:22:30-23:00

シェアの内容:

ダニエル
「自分のこと誇るのではなく、キリストだけ誇ること」、実際のレベルで、これはどうゆう意味なのか、この1ヶ月くらい、学んでいます。先週の平日の一つのメッセージに、「神様が、貴方を、わざと、誇ることができないように、できないような環境に導いててくれるます」、この言葉を聞いて、これが今実際職場で起きてる、一つの訓練。そこまで毎日、同僚とは多く話してないですが、何年前だと、もっと同僚に話せたが、その時肉の力が多かった。だから、今は、わざとそうならないように、神様が「まずは、もっと静かになれ」、自分に語っています。

また、今週の日曜日メッセージからは、ヨハネ21章から、ペテロの古い船の場面が強いイメージ、それが心に残ってる。ペテロが久しぶりに漁に出かけ、イエス様がそのあと来て「貴方、なぜまだそうゆうことしてるの?」、と言う内容、ペテロに言った。数ヶ月前、二つの映画を見て、その時、自分に「これ見て、いいじゃない?」に言ったが、後で反省すると、これは間違いでした。21章のペテロと同じ。新しい生き方、もっと真剣に受け止める必要がある。

マリア
ペテロが服をきて、湖に飛び込んだのは、イエス様を来たからだと学んだ。だからこそ、たった40日間で、逃げていたペテロから大胆に語るペテロに変身した。肉だと絶対できない。
先週のメッセージを聞いて、ヨシュアやエリシャのようにパスター達のそばで実際に会って学びたいと思った。

だから、キャンプがすごい楽しみだと思った。ずっとアメリカに入れたら最高だな思った時、親のことが浮かんだ。患者さんのことも浮かんだ。ほっとけないと思った。その次の日、101歳の祖母が亡くなった。母と叔母は、いままで長い間つきっきりで介護していた。それをみて、私も親や叔母をそうやって見るだろうと思っていた。だから動けない。そう考えると少し苦しかった。御心は。と考えた。イエス様に人をとる漁師にすると言われたペテロは、親て、イエス様について行った。私がみなきゃ、私がやらなきゃという思いは、私の肉なんだと気がつかされた。親も患者さんも、もちろん大事にする。でも1番は、御心をとること。何かに足引っ張られてると御心を逃す時がある。御心をとれたら、他のものは神様が面倒みて下さる。
そこらへんをぶれないでいきたいと思った。

最後にマリアさんが祈りました。

ダニエル

6月10日 支部オンラインシェアの報告(バンクーバー&横浜)

オンランシェアの報告です。
東京: ハンナ バンクーバー レべカ
6月10日 月曜 東京22時 バンクーバー 6時

始めの祈り:ハンナ

ハンナ:
日曜礼拝のメッセージから、ペテロとイエス様の歩みを学ぶ中で、聞いたみことばを実践し実を結ぶには、イエス様との交わりが欠かせないことがわかった。実際にイエス様と交わりを持つことで、みことばの意味がわかり心の中に入る。私もペテロのように、日々の生活の中で、イエス様の臨在を認めて、イエス様と交わりを持ちながら生活し、変えられていきたい。

レべカ:
日曜礼拝のメッセージから、ペテロが三回イエス様を知らないと言った時、ルカ21:61 主は振り向いてペテロを見つめられた。の主の目は、どんな目なのか考えてます。怒るではない、イエス様の目。日々の中でイエス様の目を見い出していきたい。ペテロは変えられたと学びました。自分の力で変わろうとしても、出来ることでないので、日々訓練されていきたいです。

終わりの祈り:レべカ

ロス、名古屋、メンフィス:メンズシェアグループの報告

日本 5/20 午前6:30
ロス 5/19 午後2:30
メンフィス 午後4:30(35分間)

参加者:ダビデ、ヨセフ、モーセ(司会、報告)
始めのお祈り:モーセ

(モーセ)
信じる者となった事自体も信仰で受け取り常に信じ続ける必要があると思わされた。信じることが難しいと思ってしまっている時、自分自身で疑いの壁を作っている事が分かった。疑いは自分でも気付かないうちにしてしまっていることが思い出されるので、疑い、否定的な思いを自分の中に見張っていく。これから生活に変化が出てくる中で特に不信仰に落ち込まない様にする。

(ダビデ)
礼拝メッセージから、信じているか否かが霊の世界では明らかに違う、と言うところが改めて考えさせられた。神様の目からは丸見え。アブラハムが信じた時から神様の見方が変わったところから、自分自身はどう見えているのか?微妙なところにいるのが反省。「訓練」についても教えられているが、自分で「苦しい」と思っている事が「訓練」だと。嫌だと思っていたことの考え方を改めて変えていくことが必要と色々なことを通して学んでいる。特に人からの指摘などに対して嫌悪するのでなく、受け取り方を考える様にしている。自分の中の悪さを気付かされているので、一つ一つ改める。

(ヨセフ)
信じる者とされたことを受けとりました。頭で自分が信じているかを考えるとわからなくなってしまう。信仰が試されるような時に出会うことがなく、ボーっと生きてしまっていることがわかりました。ダビデとゴリアテが告白し合ってダビデが勝ったところから、神様への信仰の告白をしてやるべきことを行う事が大切と改めて学びました。僕は、頭で考えて人の顔色をうかがって友達に伝道しようとしていたので、自分の考えと信仰との告白の違いを知って、理解して直していきます。アルバイトを「お金の為に」と始めたことだが、これも訓練の一つと受け取ろうとシェアの中で思った。

個人的な課題など
(モーセ)
アパートを決めに行くので、良い場所が見つかると言う信仰を持って行く。
(ダビデ)
職場は学生が多く夏休みに入るので予定の調整が課題になってくるが、必要は備えられていると言う信仰で。実際人が抜けた所に丁度入ってくるなど起きているので感謝。教会のプールの水が管理されなくなってしまっていたが、学生の頃の経験が今役に立っている。
(ヨセフ)
キャンプ費用の為のアルバイトに励んでいる。その他、それぞれのキャンプの予定、準備などを話しました。

終わりのお祈り:ダビデ

モーセ:メンフィス

オンラインシェアの報告5月22日(福岡&横浜)

参加者:マリア、ダニエル

時間:22:00~22:35

ダニエルが祈ってから始めた。

最初、少しキャンプのこと(奇跡が起きるところですと話をして)、また純さんのピアノコンサートの話を5分くらい話してから、シェアを始めました。

マリア:

今週のメッセージから、弟子トーマスが、信じない者から、信じるものに変わった事、私も、そのように変わったこともわかりました。実際の目で証拠は、信じるためには必要ない、とわかった。
私は、もっとイエス様と一緒に歩くことが、前より少しができて、感謝します。例えば、一年半前と比べたら、まだ離れた生活してる時がありましたが、今生活の中で、もっと信頼できることになって、感謝します。

ダニエル:

最近心に響いてる言葉は、「自分をすいせんしない事。イエス様だけに誇る事」、2コリント10:17の言葉です。前は、そこまで、『見て、見て!』という態度、そんなにしてないと正直思ってたが、今よく考えてると、心の中でそれをやってる、とわかります。それは、ちょっとした相手からの反応が欲しい、という心だとわかった。これは、家族の中、また学校授、業をやってる時も起きる。大事のは、反応がなくて、大丈夫、イエス様がわかる、だから、とにかく続けてやって行く事。

最後、『イエス様と毎日共に歩む』とは、二人ともにとってはどういう意味か、数分話した。

マリアが最後に祈りしました。

ダニエル:横浜支部

5月11日 支部オンラインシェアの報告(バンクーバー&メンフィス)

オンラインシェア:
メンフィス ダビデ バンクーバー レべカ

5/11 土曜日、メンフィス午後10時 バンクーバー午後8時

始めのお祈り:レべカ

ダビデ:
最近のメッセージで汚れは今でも一つづつ清められる事と学んでいるが、今日の礼拝では私を変えられるのはやはりイエス様だと再認識した。みことばであるイエス様が私の中に入ってくるので魂が変えられることができると、それを信じることをやっていこう。表現することがいると聴いて、みことばカードなど作ったりしているが、もっと他の事でも外に出していく。

レべカ:
いくら頑張っても聖められないと落胆して、悲劇のヒロインすることあります。今日の礼拝で、イエス様が生かす御霊となったというパスターの教えを心に入れます。イエス様の死と復活により、ともに死んで生かされた者であること、イエス様はすでに勝利者であること、私はそのイエス様に生かされています。

祈り:
レべカ:
旦那の体調が安定するよう、イエス様の愛が注がれて、私自身におおらかに愛情を与える人になれるよう祈りました。

ダビデ:
教会のM7が愛を持ってお互いを知り、それぞれが教会での活動での同じ目標を目指す志しが与えられる様に。チームとして強められて教会の成長に用いられる様に。

終わりの祈り: ダビデ

オンラインシェア報告 5/12日(ロサンゼルス&甲府)

日本時間
5/12日(日)23:00-23:30

アビゲイルさんが祈って始めました。

アビゲイル:
ドリルでの弟子達の霊的に死ぬタイミングと復活のタイミングについて問われた箇所で、墓から出たタイミングではまだ信じていたわけではないので、ユダヤ人を恐れていたが、聖霊様の息が吹き込まれて、そして信じて初めて復活したということを学んだ。自分に適応すると、一回だけ復活するのではなく、毎日それをしていくんだということに気付かされた。

マリア:
弟子たちが部屋にこもって罪責感でいっぱいだった時、きっと弟子として失格だと思っていたと思うけれどイエス様が現れ、あなた方を遣わしますと言葉を下さった。
すごく嬉しかったと思う。イエス様は、弟子たちの弱さを知り、それを受けとめ、許し、そして生まれ変わった弟子たちは神の器として生きれることを先に信じてくれていた。私は嫌なことがあるとすぐ捨ててしまうけど、それは自分のことしか考えていないからで、イエス様を習って、自分を捨て、相手を生かすために自分はどうするべきかを考えられる人に変えられていきたい。

最後、マリアが祈りました。