安息日礼拝説教サマリー

浅井導牧師

4/13/2024 「死と復活」No.4

聖書箇所: 1 ペテロ 2:24、イザヤ 53:5 など

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、 私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、 あなたがたは、いやされたのです(1 ペテロ 2:24)。

キリストが「私たちの罪をその身に負われました」ということは、彼が私たちと一 つになることによって、罪人になられたということです。それがみことばの成就であ って、彼が最後の晩餐で以下のように言われたとおりでした。

あなたがたに言いますが、「彼は罪人たちの中に数えられた」と書いてあるこのことが、わたしに必ず実現するのです。わたしにかかわることは実現します (ルカ 22:37)。」

彼が罪人の中に数えられたことが霊的現実であったならば、私たち信じる者が彼と一体化することによって、彼と同じように神の義とされたことも同じ霊的現実です。

神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです(1 コリ 5:21)。

この「神の義」は、イエス様と同じ義のことです。それは、私たちが彼と霊的に一体 化したという事実を前提にしています。そしてその一体化が、あの過越の食事、すなわち最後の晩餐において起きたことでした。

安息日礼拝の説教サマリーから一部を抜粋して掲載しています。 全文はストアからご購入できます。