安息日礼拝説教サマリー

浅井導牧師

4/6/2024 「死と復活」No.3

聖書箇所: ルカ 22:14-20、出エジプト 12:1-11 など

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によ っているのです(ガラテヤ 2:20)。

キリストの死と復活を信じるあなたは、自分も彼とともに死に、また彼とともに復活して生きている者です。死んだのは、 昔の古いあなたであり、今生きているのは新しく創造されたあなたであり、「古いものは過ぎ去って、すべてが新しくなりました」。新しくされたあなたの霊的現実は、自ずとあなたの生き方に現れて来ます。生き方とは、生きる目的のことで、自分のために生きる生き方から、「自分のために死んでよみがえった方のために生きる」生き方、つまり「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」という生き方への移行です。

この真理を自分の現実として受け入れるためには、イエス様の 地上での生涯の最後の五日間によく注目することが鍵です。それは、彼が神の子羊として私たちの罪と汚れを負って死んで行かれる様子のことです。神様は、エジプトでの最初の過越の際に、その子羊のいけにえについて、以下のようにイスラエルの民に命じられました。

この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。… あ なたがたはこの月の十四日までそれをよく見守る。そして イスラエルの民の全集会は集まって、夕暮れにそれをほふり、その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいに、それをつける。その夜、その肉を食べる。すなわち、それを火に焼いて、種を入れないパンと苦菜を添えて食べなければならない(出エジプト 12:3-8)。

安息日礼拝の説教サマリーから一部を抜粋して掲載しています。 全文はストアからご購入できます。