支部シェアの報告(山梨&福岡支部礼拝所)

3月30日 15時~
日曜礼拝メッセージ光の子どもNo.26からシェアをしました。

(ナオミ)
今日はむずかしかった・・いつもはこれがと言う風にあるのだが、全体的にこれを学んだということより質問の方がでた。たとえば人間の耳、目、口は神殿のどこにあたるのかなど。神の人とイザヤのように違うことを違うと自分の意志をつたえることの大切さ、表示できる信仰の強さが必要だと思わされた。

(エステル)
べテルの預言者やイザヤは王の正しくない行動を見て心を痛めていたということから、1列王記13章の預言者とイザヤの共通点というのが、イザヤは、ウジヤ王のやっている行動を、預言者は、ヤロブアムの礼拝の仕方を見て、これは違うな、これでいいのかなと思っていたこと。そういう、心が痛み、何か違うなと思うことについて、その話を聞きながら、私自身クリスチャンになる前のことを思い返された。生きづらいと思うことや、また、家族の中で両親の喧嘩を見て、愛し合ってほしいがそうでない現実に心を痛めていた。学校でも心痛めていることがあった。が、結局自分も同じようにやってしまうことになっていた。今でも、私同様、心を痛めている人たちはいるので、その人たちが、イエス様を通して、真理を聞いたときに、「これだ!」とそういう風に、ここに来てそれがわかることができるように。生き残りが神様はいると言っていて、そういう人たちが神様のもとに来ることを考えながら聞いた。