日時:2/12 22:00-22:40
最初に、マリアさんが祈りました。
アビゲイル:最近のメッセージで、家の教会のことを言われていた時、自分は言われたからやる、では良くないと思っていた。しかし、メッセージで「人間で家があればできる」と言われていたこと、また牧師夫人が支部シェアの返信で「人間関係も、すべての祝福も、自分を腹の底まで知っているイエス様との1秒1秒の関係で決まる。すべて表に出てくる」と書いてくださったことから、自分が神様に用いられたい、そして喜び・平安が欲しいというそのままの動機で良いのだと分かった。他の人に神様を知って解放されて欲しい、イエス様の愛を知って欲しいと言う願いはある。それよりも自分自身や家族を救いたいと言う願いが強くても、「石をおけばその日から祝福される」と言うみことばを受け取り、牧師家族に言われたことをやっていく。
冬のキャンプでも、熱を出してしまったが、最初の日、最後の日の礼拝に出ただけで、神様の臨在、愛、喜びの中に浸かって過ごすことができて本当に素晴らしかった。またその後に牧師夫人が子供達に話しかけてくださったことからも、愛の中にいることが分かった。その後、礼拝に出れなかった時も、よく見るような人間同士の情の関係ではなく、すべて神様の秩序の中で行われていたから神様のみことばをそのまま心に留めて置くことができた。今日の昇天式でも、自分の人生を真剣に生きることを教えられ、神様の導きを知ることができた。感謝。
マリア:昨日名古屋で礼拝に参加した。今日も、昨日のことを考えながらメッセージを聞いたが、「パイプの太さが一人一人違う」と言われていた時、昨日自分の目の前にいた牧師先生から流れていた霊の大きさを思った。祝祷も、その場にいるだけで清められたと思った。牧師先生は、神様のことを考えていて赤信号が見えなかったり、家を間違えてしまうことがあったと前に聞いた。そこまで神様のことをいつも考えているから、神様との間のパイプが太くなる。昨日の礼拝の後のランチでも、まだ教会で新しい方に対する牧師先生、牧師夫人のことばは、「あなたがここにいること自体、神様の恵みなんだよ」と教えられていて、その人の心に響いており、これから変わるだろうと言うことを見ていて発見した。裁くことと愛を持って教えることは違うと分かった。自分もパイプを広くして、他の人を励ましたいと、昨日と今日の礼拝を通して思った。
最後にアビゲイルが祈りました。
報告:アビゲイル